8. 適応の医学
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老人病は、現代では大問題になっているが、それは、青年期や中年期に異常なほど低い死亡率を謳歌しているら
老年期のこのような不幸は、子供期に、あるいは大人になってから、ライオンや肺線虫に殺されなかったことの代償 なぜ人はおおむね健康なのか
その機能的な「知恵」は、いまそこにあるものに表れているだけではなく、しばしば起こる有害な変化を防ぐ装置にこそ一層良く現れている
われわれの体内組織では、酸性度(pH)がほぼ中性に保たれており、塩漬けのニシンや酸味のある果物を大量に食べれば、他のことをしてpHを下げて酸性の領域にせねばならず、カルシウムの豊富な食品を食べれば、pHをあげてアルカリ性の領域にせねばならないにもかかわらず、全体としてはかわらない 同じように、私達の内臓は、たいていは摂氏37度にに保たれている
からだの「知恵」はおもに、体温やプロラクチンの濃度など、きわめて重大な変数のセンサーと、それらのセンサーから濃度を上げ下げする装置へと送られる信号との調節機構からなる この調節機構にわずかな欠陥が生じても、量的変数の数値が最適力ずれるので、健康に重大な悪影響をおよぼすことになる
生命を維持するには、よくできた装置が綿密に働いていなければならない
病気の原因となる設計上の欠陥
からだの賢さに感銘するだけでなく、何らかの合理的な計画というよりも自然選択の産物であるいうことから生じる、愚かさのほうにも注目する必要がある こうした機能上のまずさには、すべての脊椎動物や、すべての哺乳類に共通のものもあれば、ヒトならではの不運もあり、また、現代社会という、進化による適応がもたらされていない社会・経済状態でのみあらわれる問題もある 実のところ、われわれは頭のてっぺんから爪先まで、機能上の欠陥デザインに悩まされている
そのうちのいくつかは、それが生じたときにはきわめて適応的であった進化上の変化が原因で、その多くは、脊椎動物や哺乳類の進化における初期の段階で生じた たとえば、食物がのどに詰まる危険が始まったのは、ごく小柄な水生の先祖に最初の呼吸器系が出現した、はるか昔にさかのぼる
その先祖はすでに、口から水をいれて消化器系の前部に送り、それをふるい分ける器官を通して餌を取り込み、水を吐き出していた
進化の初期には、この先祖は非常に小柄だったため、体内組織と取り込んだ水との間で受動的な拡散が起こるだけで、呼吸は十分だっただろう
このグループに属する動物のなかから大型の個体が現れたとき、餌を取り込むためのふるいか、あるいはその一部が、そこを通って運ばれる水からガス交換をするという新しい仕事を、たやすく肩代わりしたに違いない
この段階は、脊椎動物に最も近い無脊椎動物に現在でも見られる 全ての脊椎動物は、呼吸器系と消化器系が並んでいるというもともとの状態を保持している つまり、魚類から哺乳類に至るすべての脊椎動物は、食物をつまらせることがあり得る 我々の進化がまだ肺魚だった段階では、空気は、水面にだした鼻孔から口のなかに取り入れられた 驚くまでもないが、鼻孔は鼻先のてっぺんいついていた
空気はそこから鰓を通って後ろへ、咽頭の下側から肺に通じる食堂と対になった管で送られる
哺乳類にいたる進化の流れの中で生じた、あまり望ましくない発達は、これらの対になった管がいったん一本の気管に合体してから、再びそれぞれの肺につづく気管支に枝分かれしたこと この変化は、その当時は適応的であったかもしれないが、おかげで、気道と消化管がかならず交叉することになってしまった
この進化の道筋では、鼻孔と消化器系の接続部が徐々に喉の方へ後退し、ついには、肺につづく開口部のすぐ反対側にまで下がっていった
これは機能的に有効な配列であり、消化器系と呼吸器系が交叉する部分での交通整理をほぼ解決することができた
殆どの哺乳類では、何の苦労もなく、ものを飲み込み、かつ呼吸することができるが、それは、気道が食堂を横切る橋のような形をしているから
この段階では、まだ哺乳類の標準には達していない
気管の周辺にある種の妥協が生じるようになったのは、言語能力が進化したから
新生児がミルクを飲んでいることころを観察すると、呼吸には何の支障もないように見受けられるが、片言をしゃべる年齢に達すると、ものを飲み込みながら呼吸をしようとすると、吐き出したり咳をしたりすることがある
やがては大人と同じように、ものを食べて喉につまらせるようになる
これも、二つの器官系が意味もなく一緒になっていることから生じるもの
初期の脊椎動物の祖先は十分小さかったため、呼吸と同様に、排泄も受動的な拡散に任せておけば十分だった しかし、やがてからだが大型になると(または海を離れて淡水に生息するようになると)、しだいに排泄器官が必要になった
そこで、過剰な水分や代謝の廃棄物を体外に排泄するという新しい要求に応えるために、まったく新しい管を進化させるかわりに、もともとその辺にあった配管を利用した
それが、卵子あるいは精子を体外に排出する役目をしていた管 これは少なくとも最初のうちは、非常にうまく機能した
淡水性動物の尿は、ほとんどただの水であり、毒性のある排泄物は十分に薄められているため、繁殖の支障にはならなかった
しかし、哺乳類の雌の生殖器官を考えてみよう もしも原始的な脊椎動物の配列を保っていたとしたら、腎臓から卵管に尿が排泄され、子宮と膣を通って流れ出ることになる 胎児は自分自身の排泄の問題を抱えているうえに、母親の尿にまでつかることになるのだから、衛生的なやり方とは言えない
魚類から哺乳類へ進化する過程で、これら二つの器官の接続部がどんどん後ろに移動していくことで、この問題は解決した
現在の哺乳類のほとんどは、尿道が膣の末端部に開口するため、繁殖に差し支える恐れはまったくない
ヒトの女性と、ヒトに最も近い類人猿の雌では、実は、その結合はなくなってしまっている 尿道孔は膣の外側に移動している
現在では、生殖器官と排泄器官は完全に分離しているが、それらの出口が近いことから、二つの器官が分離したのはつい最近だということがわかる
注目してほしいのは、喉で交叉する呼吸器系と消化器系の通行問題を最小限に抑えることと、排泄系と雌の生殖器系のあいだの干渉を最小限に抑えることとの違い 排泄系と生殖系がせねばならないことは、外に出ることだけ
共有する管が短くなり、やがて無くなる可能性は十分にある
おそらくは、排泄器官が生殖器官の末端部の9割を使っていた段階があったかもしれない
ここには共有する管が完全に消滅するのを妨げるような幾何学的問題はない
これとは対照的に、鼻孔からの通り道が器官の入り口の反対側に達したあとは、何かが少し変化してもどうにもならない
生殖器系と排泄系の分離という点では、哺乳類の雄は明らかに雌よりもずっと遅れている
下腹部の内側からペニスに至る尿道は、二つの機能を果たさねばならない
精液は尿が残っているかもしれない道を通っていかねばならないのだが、私は、この種のわずかな汚染が何らかの不都合を生じているとは聞いたことがない
それでも、こんなやり方は理にかなっていない
生殖器系と排泄系が一緒になっていることの、現在における適応的理由は見当たらない
事実、これが一緒になっているからこそ、よくある医学上の問題が起こる
精液に重要な原料を供給する前立腺は、男性の生殖機能に不可欠な役割を担っている それは年をとると異常に成長することもあり、しばしば悪性
肥大した前立腺は膀胱を圧迫するので、膀胱の容量が小さくなり、また、前立腺と密接している尿道部分が圧迫されるので排尿が妨げられる そこで、論理的には生殖器系だけの異常であるはずのことが、排尿の異常をも引き起こすことになる
これに関連して、雄の生殖器系の不合理について説明する
もっともそれが医学上の問題を引き起こしているとは聞いたことはない
精巣は、進化の過程で、体内の奥深くからペニスの後ろの陰嚢の中に移動したが、個体発生の過程でも同じことが生じる そこまで動いていくことの、現時点における機能的理由は、これによって、腹部の中心部よりも1, 2度低い温度で精子を生産できるというもの
ほぼすべての哺乳類の雄の生殖能力にとって、これは必要なことらしいが、それがなぜなのかはよくわかっていない
繁殖期が決まっている多くの種では、繁殖にだけ精巣が陰嚢に降りてくる
その期間をすぎると、腹部のより安全な場所に戻っていく
精巣が、尿道への開口部近くにだんだんと降りてくるにつれ、精液をその目的地に運ぶために使われる管は、より短くてよくなるはずだ
つまり、もしも自然選択は現時点では少しだけ適応度を増すような目先のことにしか関心がなく、現在の変化が将来どのような結果をもたらすかには全く無頓着である 進化の過程で生殖器に起こったことは、図示した庭師の行動によく似ている
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彼がすべきなのは、ノズルをもって木の周囲を時計回りに歩いてから、もとの位置に戻って水をやり続けるだけのこと
庭師がすでにあるホースの先にまた新しいホースを足そうとするのはばかばかしい
しかし、これはまさに、精巣を腹部の中心から陰嚢の位置にまで移動させるという、進化のおかした過ち
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精巣から尿道に通じる管は、腎臓から膀胱に尿を運ぶ尿管に引っかかってしまった
実際、進化に比べると、庭師にはまだ弁解の余地がある
庭師は木の向こう側にある生け垣に水をやるためにそこまでいかねばならなかった
精巣は、前方から後方へ後退していく途中、尿管の下を通るべき機能的理由はなかったのだ
ただそうなってしまっただけ
医学的問題と生物的解決
もし何かがあなたに危害を加えれば、おそらくあなたはそれに気づくはずだ
ダメージによって引き起こされる損傷や、それを自力で修復して、さらなるダメージを避けようと努力した結果、症状が現れる
生涯や修復は、ダメージが起き、また、まだダメージが続いていることの証拠
症状が消えることは朗報だが、かならずしもダメージがないとは限らない
現代の麻酔術は痛みを完全に取り除くことができる
ここで言わんとしているのは、医学的によい症状と悪い症状について
手術を受けた虫垂炎の患者の腹部にできた傷自体は悪い症状だが、盲腸の破裂というもっと大きな不都合を避けるためには必要 傷の痛みは、そのような傷が生じうる状況がヒトの歴史上ふつうであったものならすべて、生物的適応
熟練した医師が無菌状態で行う手術というとんでもない異常な状況で起こる痛みは、医学的に見れば悪い症状
それに対し、術後の痛みは、手術を受けた器官にそれ以上の負担をかけないように静かにさせるという意味では適応的
しかし、患者がおとなしく医師の指示に従う意志があるかぎり、その痛みは必要な限度をはるかに超えている
したがって、術後に鎮痛剤が使われるのは当然で、それで熟睡できるのなら医学的にも望ましいといえる
これの症状は、頭痛や喉の痛み、発熱、貧血、咽頭炎を起こして声がでなくなったりすること
声がでなくなること以外はよい症状と言える
頭痛を感じると、横になって、ストレスを避けたいという気持ちに稲荷、病気の回復を早めてくれる
喉が痛ければ、叫んだり、喋りすぎたりすることがないように注意して、ものを飲み込むにも慎重になるだろう
発熱や貧血はあなたの側が細菌に働きかけている証拠であり、細菌から受ける作用ではない 高熱は免疫的反応を強化し、促進させるのに役立ち、貧血は細菌に栄養物を与えないようにする
貧血に見える人も基本的な生命維持に必要な鉄分はおそらく十分にもっているはずで、普通なら血液循環に回る血液を回さずに、肝臓にとどめておくために貧血が起こる 肝臓の中には連鎖球菌は入れない
table: 感染症と関連した減少の分類
一般的カテゴリー 例 利益を得る側
1. 宿主の組織への損傷 歯が悪くなる、腎炎における腎臓への損傷 なし
2. 宿主の欠陥 咀嚼不全、解毒の不全 なし
3. 損傷の復旧 組織の再生 宿主
4. 損傷への補償 別の側の歯で噛むこと 宿主
5. 衛生的手段 蚊を潰す、病気の隣人を避ける 宿主
6. 宿主の防御 咳、嘔吐、抗体形成 宿主
7. 宿主の防御の突破 免疫細胞からの逃避、分子擬態 病原体
8. 宿主の防衛への攻撃 免疫細胞のHIV破壊 病原体
9. 宿主からの栄養奪取 細菌の成長と繁殖 病原体
10. 病原体の拡散 蚊が病原を新しい宿主に移す 病原体
11. 病原体による宿主の操作 強度なくしゃみ、下痢、狂犬病時の行動の変化 病原体
残念ながら、この区別とその重要性を正しく認識している医者はほとんどおらず、この表にあるような事柄を教えている医学部は皆無である
したがって、血液検査で鉄分の不足が発見されると医者はすぐに鉄剤を処方するが、この鉄剤こそは、連鎖球菌があなたの防御を突破するために待っているもの
医学の専門家は、患者あるいは病原体にとって、何が適応で何が適応でないかについて、ほとんど何も考えていない 彼らは「正常」という無邪気な概念にとりつかれている
「異常」があれば、それを「正常」に戻すことしか頭にないのだ
自宅の火事と消防士という二つの異常事態は、それぞれ持っている適応の意味が異なる
可能なら火事と戦うのは適応といえるが、消防士を攻撃することが適応的ではにことは明白
何かに感染したら、消防士の火事の関係と同じく、あなたは病原体と対決する
したがって、ある症状が、あなたが病原体に対して行っていることから生じているのか、病原体があなたに対して行っていることから生じているのかを区別することが最も重要になる
たとえば、熱などの不快な症状を抑える薬は、できるだけ早く回復するのが目的ならば、まるで逆効果だ
これは、いつでも熱は自然に上がるままにしておいていいということではない
熱は、意識の混濁や組織の破壊など、重大な障害をもたらすほど高く上昇する場合もある
しかし、熱がそれほど高くなければ薬は使わないほうがいいだろう
この表は医学的には正しいと私は思うが、公衆衛生の観点からは欠陥があるようだ
咳やくしゃみは、それほど頻繁でなければ鼻風邪をひいている人間には有効
残念ながら、病原体は、そのような患者の防御反応を自分のために利用できるように進化することがある
咳やくしゃみは、病原菌をばらまいてしまう
病原体が分泌する物質の中に、現在の被害者に咳やくしゃみを引き起こさせ、更に本人にとっての最適頻度以上の頻度でそうさせる物質があったとしても不思議はない
これによって、被害者の側の損失はわずかだが、病原体には大きな利益がもたらされ、近くにいる人間は多大な損害をこうむることになる
本書での私の議論は、過去、すなわち今日のわれわれや他の生物をつくった長い歴史を大きな拠り所としている
私は、ヒトの特性やわれわれをとりまく自然環境は、長く、そして歩みの遅い歴史的な発展の最終産物であると考える
私は、進化の歩みは非常にゆっくりしているので、それが起こっていることを見ることはほとんどできないだろうと述べた
しかし、われわれの自然環境はきわめて時間のかかるプロセスを経て生まれたという原則に対する、きわだった例外が一つある
微生物はその進化の速さゆえに、われわれは実際に進化が起こるところを見ることができる
進化がこれほど速いことによって、微生物はわれわれと軍拡競争で、計り知れない利点を手にしている
現在では、細菌への対抗手段として抗生物質を用いることが一昔前ほど有効でなくなったことは知られている 細菌たちは抵抗力を進化させている
20年前にはペニシリンなどの抗生物質で簡単に治せた病気が、現在では昔からの薬でも、最近開発された薬でさえも、それほど簡単には治らなくなってきた この悲劇は家畜に習慣的に抗生物質を使用したり、また不適切な医療を行うなどしてきた、われわれ自身が引き起こしてきたもの
この問題は、いまやっと、医学研究者や公衆衛生に関わる人々に注目され始めている 微生物が、これ以外にも、医学的に重要な問題においてすみやかに進化できることは、あまり知られていない
たとえば、微生物の毒性は、人間の活動が不用意にも引き起こした環境との変化と関連して、急速に変化しうる
危険性が弱まることもあればその逆のこともおこる
毒性の進化は、多くの要因が関与する複雑な過程だが、中でも重要な要因の一つは、だれにでもすぐわかるだろう
異なる種類の寄生者か、あるいは同じ種類でも遺伝的系統の異なるものどうしが宿主の体内で競い合うならば、最も毒性の強い寄生者あるいは系統が勝つだろう
宿主を最も積極的に利用する病原体が、他の病原体よりもよく増殖することになる
病原体によるダメージがあまりにも大きくて宿主が死ぬようなことになれば、この貪欲な病原体自身も命を絶たれることになる
しかし、他の競争者も同じダメージを受けることになるが、彼らは以前からそれほど貪欲ではなかった
このようにして、宿主の体内で競い合う病原体に働く自然選択は、最も伝染力の強い種類に有利に働く
しかし、それと同時に、別の種類の自然選択も確かに働いている
感染した宿主が二個体いるとしよう
一方は宿主を長く生かしておいてくれる病原体を持っており、他方は、宿主をすぐに殺してしまうような病原体を持っている
長生きする宿主の病原体は、短命な宿主の病原体よりも長い期間、そのたねを他の宿主にばらまきつづける
したがって、病原体集団全体のあいだでは、長生きする宿主の体内にいる比較的おとなしい病原体の方が、より成功するだろう
つまり、位置個体の宿主のなかにいる病原体どうしのあいだと、異なる宿主のなかにいる病原体の集団どうしのあいだという、二つのレベルの選択が働いている
伝染力の強さの進化は、このような宿主内および宿主間の選択のバランスを反映していると言えるだろう(他の要素もある)
このバランスは、多くの環境的要因、およびその他の要因の影響を受ける
伝染力を弱めることが医学的に望ましい状態なら、何らかの方法で宿主の選択を抑えるか、宿主間の選択を強めるかすれば、望ましい効果を得ることができる
ある宿主から他の宿主へ病原体が拡散する速度を弱めるようにする人間の行動はどれも、病原体にみずからの毒性を弱める自然選択をもたらすはずだ
新しい宿主への伝染が速く、かつ頻繁であれば、非常に毒性の強い病原体であっても、もとの宿主が死ぬまでに多くの新しい宿主を感染させることができる
宿主の死は、その病原体にとってわずかな損失でしかないだろう
反対に、もし伝染が十分に遅く、それほど頻繁でなければ、新しい宿主を感染させる前に最初の宿主が死ぬことにもなり、その病原体は自らの強い毒性によって破滅することになるだろう
そこで、ある宿主から他の宿主へ病原体が伝染するのを防ぐようにすることは、たんにそれ自体が公衆衛生上の目的であるからだけでなく、感染した人の体内にいる病原体に弱い毒性を自然選択でもたらす方法としても望ましい
コンドームや清潔な注射針の使用が広まれば、HIVは、より致命的ではなくなるだろうし、網戸や虫よけ剤が広まれば、より毒性の弱いマラリア病原体の選択につながるだろう また、衛生的な水の供給が広まれば、コレラにかかっても大きな災難にはならないようになるだろう 私は、微生物の毒性や薬品への抵抗力の進化、その他の医学的および公衆衛生状の興味のある問題が、今後の多くの研究や活動の焦点になるものと予測している
不自然な環境要因
進化生物学の概念が、医学的な問題にとって適切であるケースは、この他にも非常に多い 現代の人間の特性は、石器時代の生活に合うようにデザインされている しかし、我々の環境は、この数千年間で急激に変化した
農業によってもたらされる豊富な産物は、理想的な食生活を供給しない
小麦粉や動物の乳があると、子供の離乳の時期をはやめることができ、それによって繁殖力はますが、子どもの健康には悪影響をもたらすことがある
デンプン、脂肪、タンパク質に富んだ食生活は、祖先の狩猟採集時代の食物にはごく普通に豊富に含まれていたビタミン類が欠乏している 考古学的遺物をみると、狩猟採集から農耕に移行したことが、化石の骨に残されているものがある
農民の骨は低身長で、骨格異常や歯の病気をしばしば抱えていたことがわかる
現代の工業化社会においては、病気の主な原因は、石器時代に対する適応と現代の環境との間のずれにあるのかもしれない
最もわかりやすい例は、われわれが食べたがる傾向のある食物と、スーパーの棚やレストランのメニューを眺めさえすればすぐ手に入る食物とが原因で起こる問題
石器時代には、見つけられる限りできるだけ甘く、柔らかく、栄養のある食物を求めることに、つねに利点があった
そうすれば、熟した果物や口当たりのよい塊茎を食べることになり、多くの植物が持っている化学的な武器を避けることができた 野生動物の狩りに関して言えば、一番食べやすいものを食べたはず
大型の哺乳類や鳥類を捕まえる技術は、石器時代の後期になってから始まったもので、しかも、たいていは季節の限られた贅沢だった 糖と脂肪の摂取を最大化することは、ふつうは、健康と活力につながった われわれは、現代でも石器時代と同じようなものを欲しているが、容易に手に入るようになってしまった
これに関連したもう一つの問題は慢性的な運動不足
体を使わない仕事はエネルギーを温存しておこうとするわれわれの欲求にかなっているが、そのような欲求は、石器時代には大いに価値があったろうが、現在の過剰なカロリー摂取と結びつくと、不都合な結果をもたらすことになる
この種の問題を考えるにあたってのよいやり方は、現在はよく見られるが、通常の(石器時代の)環境では非常に不利であっただろうと思われる病気に注目すること
なぜ自然選択は、こうした病気へのかかりやすさを取り除かなかったのだろうか
一つの可能性は、それがなにかほかの有利な効果に対する代償であり、その利益は、おそらく他の個体または生活史の他の部分で享受されているというもの
老化が、若い活力に対する代価の一部として支払われているのは、その好例
もう一つの可能性は、石器時代の適応と現代の環境の一部分との間のずれから生じた問題であるということ
近視で眼鏡を必要としたり、歯列矯正や親知らずを抜かねばならないことなど
アフリカのサバンナに暮らす狩猟採集民は、槍の届く距離内で、石とウサギが見分けられなかったり、友人と恐ろしい敵とを見分けられなかったりすると、どんなに困るだろうか
噛み合わない切歯や、歯茎にうもれて痛む親知らずがあったとしたらどうだろう
近視やこれらの問題は、現代でも、そういった狩猟採集社会ではごくまれにしか見られておらず、石器時代にもそうであったに違いない
こうした問題は、子ども期や思春期に、目や歯や顎を医用に使ったことによるものではないだろうか
この考えが妥当かどうかを研究してみるのはよい考えではないだろうか
本書では触れられなかったが、医学の教育、研究、実践において、進化的原理が非常に重要な意味を持ちうる側面がいくつかある
進化的洞察の助けを求めていない医学の専門分野は一つもないだろうと、私は思っている